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徳島地方裁判所 平成9年(行ウ)11号 判決 1998年3月27日

原告

西内隆治

斉藤湿気佳

吉田美津子

西谷一広

横井保

河内憲二

右六名訴訟代理人弁護士

元井信介

被告

一宇村選挙管理委員会

右代表者委員長

大森利香

右訴訟代理人弁護士

小出博己

豊永寛二

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成九年九月一八日原告らに対してなした別表記載の選挙人名簿の登録に係る異議申出却下決定を取り消す。

第二  事案の概要

(争いのない事実)

一  原告らは、徳島県美馬郡一宇村に居住する選挙人である。

二  被告は、平成八年五月二〇日の選挙時登録(一宇村長選挙)までに、別表記載の九八名を一宇村の選挙人名簿に登録した(以下、「本件登録」という)。

三  被告は、平成九年九月一一日から、同月一〇日を基準日及び登録日とする選挙時登録(徳島県知事選挙)につき、選挙人名簿に登録した者の氏名・住所等を記載した書面を縦覧に供した。

四  原告らは、被告に対し、前項の縦覧期間内である平成九年九月一二日、本件登録につき、別表記載の者はいずれも被登録資格を欠くとして文書で異議の申出をしたが、被告は、同月一八日、右異議の申出は不適法であるとしてこれを却下する旨の決定をし、原告らは、同月二〇日、右却下決定の通知を受けた。

(争点)

一  本件登録につき公職選挙法二五条の名簿訴訟で争い得るか(本案前の抗弁)

1 被告の主張

現行の公職選挙法(以下、「法」という)一九条二項及び二二条が規定する定時登録及び選挙時登録は、転入者・新成人等を中心に追加的に登録が行われるものであり、法二三条により縦覧に供されるのも追加登録された者の氏名・住所等を記載した書面である。右追加登録及び縦覧を受けて、法二四条一項は、選挙人は「名簿の登録に関し不服があるとき」は当該市町村の選挙管理委員会に異議の申出をすることができると規定しているのであるから、異議の申出の対象となるのは、定時登録・選挙時登録に係る追加登録者だけである。しかるに、争いのない事実二記載のとおり、本件において異議の申出の対象となった別表記載の九八名は、平成九年九月一〇日を基準日及び登録日とする選挙時登録ではなく、同八年五月二〇日の選挙時登録までに選挙人名簿に登録された者であるから、そもそも法二四条一項が規定する異議の申出は許されず、したがって、右の者らの本件登録に係る本件訴えは、却下を免れない。

2 原告らの主張

被告の主張は争う。法二一条、二二条の趣旨に照らし、法二四条の異議の申出の対象となるのは、追加登録者には限られない。

二  登録の違法性

1 被告の主張

本件登録は適正になされたものである。

2 原告らの主張

被告は一宇村内に住所を有しない別表記載の者を選挙人名簿に登録したものであって、右登録は、法二一条三項、二二条一項、同法施行令一〇条に違反する。

第三  争点に対する判断

一  本件登録につき法二五条の名簿訴訟で争い得るか(本案前の抗弁)について

1  現行法において、選挙人名簿は、各選挙を通じて一つで、永久に据えおくものとして永久選挙人名簿の制度が採用され(法一九条一項)、選挙人名簿への登録は、永久に効力を有し、死亡・国籍喪失・他の市町村の区域に住所を移し四か月を経過するに至ったときなど、法定の手続によって抹消される場合のほかは、その効力を失わないものとされ、毎年九月(定時登録)及び選挙を行う場合(選挙時登録)に、住民基本台帳に基づいて追加登録がされることとなっている(法一九条二項、二一条一項、二二条)。

2(一)  ところで、選挙人名簿への登録は、公の選挙に参加する資格を公証するための名簿を作成する行為であるから、正確性の確保が要請され、そのため、登録機関である市町村の選挙管理委員会において、住民基本台帳に記録されている者一人一人について選挙権の要件を調査したうえで行われる行為であることはもとより、選挙管理委員会が選挙人名簿に追加登録を行った場合、右追加登録者については、その氏名・住所等を記載した書面を一定期間縦覧に供し(法二三条・昭和四一年法律第七七号による法改正前は、基本及び補充選挙人名簿の縦覧が定められていたところ〔法二二条、二七条〕、右改正により、申出主義を原則とする永久選挙人名簿制度が採用され、選挙人名簿に登録すべき者として決定した者の氏名及び住所を記載した書面を縦覧に供すべきものとされ〔法二三条〕、昭和四四年法律第三〇号による法改正により、縦覧が登録の要件ではなくなるとともに、縦覧の対象についても前記のとおり改められたものであって、現行法において、選挙人名簿そのものの縦覧は予定されていない。)、選挙人名簿の登録に関し不服がある選挙人は、右縦覧期間内に当該市町村の選挙管理委員会に異議の申出をすることができるものとし(法二四条)、追加登録における脱漏・誤載等の予防を期している。

(二) そして、法二五条は、登録に関する異議の申出を前提とする訴訟を規定しているところ、前記のとおり、法二四条一項の異議の申出が「縦覧期間内」に限られ、かつ、縦覧の対象が追加登録者の氏名・住所等を記載した書面にすぎず、選挙人名簿そのものの縦覧は予定されていないことに鑑みると、法の構造上、定時登録及び選挙時登録という追加登録のみがそのつど異議の申出及びこれを前提とする名簿訴訟の対象とされるにすぎず、名簿上の登録もしくはその脱漏の当否等の名簿自体の効力を争う訴訟を法は予定していないと解するのが相当である。したがって、追加登録後の縦覧期間中といえども、当該追加登録時までに既に選挙人名簿に登録済みの者については、もはや登録に関する異議の申出とこれを前提とする名簿訴訟では争い得ないものといわなければならない。

右のように解しても、追加登録によって既登録の者については、当該追加登録時に異議の申出とこれを前提とする名簿訴訟が可能であったのであるから、不合理な事態を生じるおそれはないというべきである。また、原告らが問題視する補正登録によって既登録の場合についても、①昭和四四年法律第三〇号による法改正により創設された補正登録(法二六条)は、定時登録ないしは選挙時登録の際に登録漏れがあった場合、選挙人がたまたま縦覧の機会を逸したという理由のみでそのまま放置することは酷であるばかりでなく、永久選挙人名簿の趣旨にもそぐわないので、脱漏者を救済するとともに、選挙人名簿の登録をできるだけ正確に現実に合致させることを狙いとするものであること、②縦覧が必要とされる追加登録とは異なり、補正登録後は、告示が必要とされるにすぎないこと、③条文配列上も、補正登録は法二四条、二五条の後に置かれ、かつ、これらの規定を準用する旨の規定も存在しないことなどを総合考慮すれば、補正登録については、そもそも異議の申出及びこれを前提とする名簿訴訟を法は予定していないと解すべきである。このように解しても、法二九条三項は、「選挙人は、選挙人名簿に脱漏、誤載又は誤記があると認めるときは、市町村の選挙管理委員会に選挙人名簿の修正に関し、調査の請求をすることができる。」と定め、法二四条一項の異議の申出とは別に、是正の端緒を与えることができる方法を用意し、かつ、法二八条三号は、市町村の選挙管理委員会は、当該市町村の選挙人名簿に登録されている者について、登録の際に登録されるべきでなかったことを知ったときは、直ちにその者を選挙人名簿から抹消するとともに、その旨を告示しなければならないという旨の瑕疵是正方法を用意しており、補正登録における誤載を選挙人が正す術がないわけではない。ちなみに、法は、選挙権行使の機会の剥奪という重大な結果をもたらす名簿からの登録の抹消の効力を争う争訟手続さえ設けていない(昭和四四年の法改正の前には、誤載者についても選挙人名簿にその旨の表示をし、次の登録期において縦覧のうえ抹消する手続をとっていたが〔法二七条・二三条から二六条一項までの縦覧・異議の申出・訴訟・登録の規定を準用〕、本来選挙人名簿に登録される資格を有しない者が登録されていても、その者については何らの法的効果も生じず、かえって名簿を不正確にし、選挙人の現状の把握を困難にすることになるので、同年の法改正により、これらの者は直ちに抹消することとなった〔二八条〕。)。以上の諸点を考慮すると、補正登録によって選挙人名簿に登録済みの場合についても、追加登録による既登録者と別異に解する必要はない。

以上によれば、争いのない事実二記載のとおり、本件において異議の申出の対象となった別表記載の九八名は、平成八年五月二〇日の選挙時登録(一宇村長選挙)までに選挙人名簿に登録された者であって、同九年九月一〇日を基準日及び登録日とする選挙時登録(徳島県知事選挙)により選挙人名簿に登録された者ではないから、右選挙時登録(徳島県知事選挙)に係る縦覧期間中に法二四条一項が規定する異議の申出をすることは許されないものであり、したがって、右の者らの本件登録に係る本件訴えは、却下を免れない。

(三)  なお、原告らは、争いのない事実三記載の縦覧において、既登録者を含む全有権者の書面が縦覧に供されたと主張するが、前記のとおり、法二三条一項が規定する縦覧の対象は追加登録者の氏名・住所等を記載した書面だけであり、その他のものは、事実上の行為として閲覧に供されたものと解すべきであるから、右の判断に影響を及ぼすものではない。

二  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本久 裁判官大西嘉彦 裁判官大島淳司)

別紙<省略>

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